最近、そんなことを考える。
優しい人というと、
いつも笑顔で、
何でも受け入れてくれて、
否定しない人を思い浮かべる。
もちろん、それも優しさだと思う。
でも、本当に優しい人って、
それだけじゃないのかもしれないと思うようになった。
自分では気づけていない時。
人との距離感をうまくつかめなくなっている時。
大切なものを見失いそうな時。
そんな時に、
誰も言いたがらない耳の痛いことを伝えてくれる人がいる。
言う方だって勇気がいる。
嫌われるかもしれないし、
関係が悪くなるかもしれない。
それでも伝えてくれるのは、
相手のことを大切に思っているからなのかもしれない。
耳触りの良い言葉だけでは、
気づけないこともある。
見たくなかった自分と向き合ったり、
考え方を見つめ直したり。
そういうきっかけをくれる人の存在は、
思っている以上に大切なのだと思う。
もちろん、
厳しさがすべてではない。
怒ることが正しいわけでもない。
優しさにも、
いろいろな形があると思う。
そっと寄り添うことも優しさだし、
黙って見守ることも優しさだ。
だけど、
思いやりのない優しさよりも、
本気で向き合ってくれる言葉の方が、
心に残ることもある。
本当の意味での優しさなのかもしれない。
**「どうでもいい人」**には、
わざわざ時間もエネルギーも使わない。
だからこそ、
時には厳しいことを伝えてくれる人。
時には自分のために怒ってくれる人。
優しさは、いつも心地良い形とは限らないのかもしれない。
自分自身も、
人との距離感や接し方を、
より丁寧に考えていきたい。
本気で向き合ってくれる人の存在を、
これからも大切にしていきたいと思う。



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